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スワヒリ語と日本語を比べる
― スワヒリ語はやさしい? ―

 

1 はじめに
 スワヒリ語は日本人にとってもまたアメリカ人にもやさしい(井上史雄著、2000、『日本語の値段』)らしいです。言語構造がかなり異なる日本語と英語を使う日本人とアメリカ人に容易と思われるからには、スワヒリ語は世界でも易しい言語のひとつと言えるかもしれません。確かに、東アフリカ・スワヒリ語圏での生活体験がある日本人(複数)からスワヒリ語は簡単だという感想が聞くことが多々あります。でも、どんな根拠からそう言われるのでしょうか。
 言語の難易はいくつかの面から検討されねばなりません。全面的に日本語と英語の使用者にとってスワヒリ語は容易なのでしょうか。残念ながら、上記の著書には「ことばの仕組みそのものが簡単で使いやすいと考えられる」とあるのみで、詳細な記述はなく、容易である根拠が示されていません。
 ここでは、スワヒリ語を英語と比べるのは他に任せて、日本人に易しいとされるスワヒリ語を日本語といくつかの面で、特に「コトバ化」について比べて、その難易を検討してみます。

 

2 発音
2.1  母音
 両言語(スワヒリ語と日本語、以下同様)とも5母音を区別して使う言語です。スワヒリ語の[u]に若干の難しさがありますが、それほど問題になりません。

2.2  子音
 スワヒリ語にあって日本語にない子音のうちf,v; th,dh; lは英語にあり多くの日本人はある程度の認識を持っています。ただghだけは新顔の音です。この音は明確に聞き取れますが、発する事には少し練習が必要です。
 日本語においていくつかの子音が[i]を伴うと類似した別の子音に変わっているにもかかわらず、その認識がないため、スワヒリ語の音が区別されないことがあります。それはsiとshi、 ziとji、で英語でもおなじみです。niとnyiの区別は少々厄介かもしれません。
 また、日本語にあっても(ない人もいますが)認識していない音にng’があります。でもその存在を知るとすぐに意識化してこの音の習得が可能になります。

2.3  音節
 スワヒリ語には音節を形成する鼻音(m, n)など若干異なる点がありますが、音節の主な構成は両言語とも「子音+母音」からなり、語の音の区切り方はともに多くを母音でもって境目としていてよく似ています。

2.4  発音のまとめ
 結論として、いくつかの異なる点はあるものの、全体として、日本語話者にとってスワヒリ語はなじみやすく、またスワヒリ語話者にも組みやすいと思われます。実際、英語話者よりも日本語話者のスワヒリ語の方がきれいに聞こえる印象を持っています。

[付記]
 なお、発音の実際については本コンテンツ内の「文字と発音」編を参照してください。

[蛇足]
 慣れない言語を聞く際に、自分の母語が顔を出します。つまり、日本語話者なら、日本語に引きつけて聞いてしまう場合があります。例えば、いくつかのスワヒリ語を
  「何 しかも 社長か 同じ同じ」
と思わず聞いてしまうこれらは、次のような表現です。
  Nani <誰、何者>;
  Shikamoo (年長者への挨拶ことば);
  ’shachoka? (<ushachoka? 疲れたか);
  Unajionaje? <(体調は)どうですか>
 同様に、スワヒリ語話者も日本の街角で日本語の「何 しかも 社長か 同じ同じ」を聞きつけると、耳をそばだてます。

 

3 文法
 スワヒリ語は、習得すべき文法項目が少なく、その主な項目は名詞クラスとその呼応および動詞の活用です。それとても、例外はほとんどなく、きわめて規則的で理解が容易で短時間に文法項目は習得されます。「はじめに」であげた著書のいう「仕組みが簡単」とはこのことを指しているとすれば,その通りといえましょう。
 文法の面で日本語話者にとって、一番の難しさは「語順」でしょう。発想をことばに載せる際、日本語で浮かぶ順の逆を行かなければなりません。日本語とはまさに反対になることが普通です。それは英語より徹底しています。
 修飾語は被修飾語の後ろに来ます。

(01) walimu wachache sana
  1 2 3
  とても 少ない 先生
  3 2 1

 修飾関係でなく、大小関係も日本語とは反対になります。

(02) fasili ya (a), kifungu cha 2, fungu la 24, sheria ya ndoa
  1 2 3 4
  婚姻法 24条 2項 ア目
  4 3 2 1

 文においても逆になることが多いです。

(03) Nini madhumuni ya ukaazi wako.
  1 2 3 4 4
  (あなたの) 滞在 目的は 何ですか。
  5 4 3 2 1
(04) Nahitaji kupiga simu Japani.
  1 2 3 4
  日本に 電話を かけ たい。
  4 3 2 1

 

4 語彙
 両言語の語彙をその語源から見ると、共に3層からなることがわかります。基層の部分に日本語なら和語が、スワヒリ語ならバントゥ語共通語彙が、その上の中層には日本語なら漢語、スワヒリ語ならアラビア語が、そして上層には日本語もスワヒリ語も英語を中心とする洋語の層があります。
 上層の洋語、特に英語からの語彙が共通するのみで、残りの基層と中層の語彙は日本語とスワヒリ語は重なりません。従って、語彙の共通性がほとんどなく、語彙の習得にはある種の困難が伴い、また時間がかかるでしょう。

 

5  コトバ化
 コトバ化とはある事象に関する発想に対してことばを選定し表現することです。コトバ化しない面もここに含めて考えます。

5.1 コトバ化の有無
 下の例05は日本語では質問する状況から相手に気を遣って言う「すみません」が付加されています。スワヒリ語にはそれに対応する語句はありません。つまりこのような状況ではコトバ化されないのです。

(05) ”Unaweza kunieleza ‘utambuzi’ kuhusu matatizo hayo?”
  「あなたはこの問題をどう「認識」していますか」

   “Una maana gani kuhusu ‘utambuzi’?”
   「すみません。「認識」ってどういう意味ですか」

5.2 事象叙述と状況依存
 日本語では状況からわかっている事柄は省略してしまいますが、スワヒリ語では省略せず叙述します。つまり日本語においてはコトバ化していない面は、状況に依存しています。
 既知の主語や目的語は、日本語において表現されませんが、スワヒリ語では明確に表現されます。以下の例06~08では、全例でスワヒリ語の主語が、そして述語「(kwa muda)gani, どのくらいですか」、それにある語句「jumla, 合計;kama unaumwa, 身体の調子が悪いこと」が日本語で表現されていません。

(06) Utakaa kwa muda gani?
   滞在期間は(どのくらいですか)?

(07) Utapata jumla ya shilingi 50,000.
   (受け取りは合計)5万シリングになります。

(08) “Kwa kweli, nimekuwa nikiumwa kwa muda wa miezi mitatu sasa.”
   「実は、3ヶ月前から体の調子が悪いんです」

    “Sikujua kama unaumwa.”
   「(体の調子が悪いことを)知りませんでした」

5.3  状況的と主体的
 次の例は状況的な表現「そうですね」の日本語に対して、スワヒリ語では誰が判断したかを示す主体的な語句「Nadhani, 私は思う」が表現され対応しています。

(09) ”Je, umeanza kuzowea maisha ya hapa?” “Nadhani.
   「もう、ここの生活に慣れましたか」   「そうですね。

 

5.4  コトバ化の志向性
 コトバ化する場合に、日本語では諸関係を明らかにせず自発的な表現「それはよかった」になっていて、一方スワヒリ語では諸関係を明確に表わす表現「Nimefurahi kusikia hivyo, 私はそれを聞いてうれしい」にしています。

(10) “Nimefurahi sana leo.”      “Nimefurahi kusikia hivyo.
   「今夜はとても楽しかったです」  「それはよかった

 次の11は日本語では当たり障りない言い方で、具体的には何をお願いしているのか不明です。スワヒリ語では「あなたと一緒に仕事が出来てうれしい」と具体的に積極的に表現しています。

(11) Ninafurahi kufanya kazi pamoja nawe.
   これからもよろしくお願いします。

 次の例12も同様です。どう頑張るのか明確にしているのがスワヒリ語「持てる力の限り努めます」で、曖昧にぼかしているのが日本語です。

(12) Nitajitahidi mwisho wa uwezo wangu.
   頑張ります。

5.5  コトバ化の強さ
 日本語ではコトバ化する際に強い表現を好まず弱めた言い方「~そうな」をします。スワヒリ語でははっきり言い切った表現をします。

(13) Keki hii ni nzuri!
   おいしそうなケーキですね。

(14) Naona (kazi) inapendeza.
   面白そうな仕事ですね。

5.6  自動詞表現と他動詞表現
 次の15の例は、日本語では自動詞「助かりました」を使い、主語はコトバ化されていませんが、言わば「わたし」です。スワヒリ語では他動詞「Umenisaidia, あなたは私を助けた」を使い、主語と目的語を明確に表わし、この言葉の話し手と相手の関係を明示しています。

(15) Asante sana.  Umenisaidia sana.
   ありがとう、助かりました。

5.7 コトバ化のまとめ
 今まで見てきたように、コトバ化において見られる両言語間の相違には「コトバ化の有無・志向性・強さ、事象叙述と状況依存、状況的・主体的表現、自動詞・他動詞表現」があげられます。このほかにも例えば、物事が主語になり人に働きかける表現である「物主構文」など種々の面で両言語間には多くの相違があります。この面が、日本人がスワヒリ語を学ぶ上で難しいと言えましょう。

 

6  おわりに
 日本人にとって、「スワヒリ語はやさしいか」を検討するに、4つの面で考えてみました。
 先ず、発音は総じて易しいと言えましょう。次に文法は、「語順」に難しさがあるものの、習得すべき項目は比較的少なく規則的であることから、やさしいとこれまた言えましょう。
 語彙の面では英語由来の共通語彙を除くとまったく共通語源の語彙がなく、また語彙はコトバ化とも関係し、その習得に難しさが伴うと判断できるでしょう。
 コトバ化は、ここではあまりの例しか挙げることが出来ませんでしたが、両言語はいろいろな面でかなり異なる構造をしていることがわかっていただけたでしょうか。日本人にとって、スワヒリ語の難しさは語彙とも関係したこの面に集中しているように思われます。

[資料] 
 ここであげた例は02を除き、すべて『活動とことばのガイドブックACTION スワヒリ語版』から採集したものである。例02はSheria ya Ndoaから採集したものである。

(中島 久)

 

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